リア充オタクに憧れて

リア充オタクを目指すアラサー男子の徒然日記

「24時間テレビ」は本当に偽善なのか??

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マラソンランナー当日発表とか、色々と話題となった今年の24時間テレビ


かなり視聴率は良かったみたいですね・・ただ、案の定、私はほとんど見てないです。土曜夜と最後のほう少しだけチャンネル回していた程度でした。


で、最近ではネット上でよく「24時間テレビ」批判がありますよね。

寄付を集めているのに出演者には多額のギャラが発生している、障がい者を見世物にしている・・などなど。

今回は個人的な意見について少し述べてみます。

出演者が高額ギャラをもらうことは「悪」なのか??

まずこの件に関して言うと、ギャラを含めた番組作成にかかるお金を、全て(通常のテレビ番組同様)スポンサー収入だけで賄えていれば問題ないと思います。チャリティー番組と謳っているが、所詮は日本テレビの一番組でしかないので。通常の形式で番組を作り、その中で寄付を募る行為自体は普通のことのように思います。

確かに出演者のギャラをカットすれば、テレビ局からの募金額が増えて視聴者は納得いくかもしれない。しかし、この番組に関しては、出演者は当日休むことなく働くわけだし、事前準備も少なからずあったはず。どれくらいの額になるのかは知らないが、働きに見合う報酬はあるのが当然なのかな、と思います。正直、もらった報酬を募金に回すか否かは出演者の判断するところであり、テレビ側が判断すべきことじゃないです。

製作費を削れという声においても、結局規模を減らして実施しなくてはならず、視聴率も募金額も減るリスクがあります。だからこそ、与えられたスポンサー収入を駆使していかに視聴者の心をつかむ番組にすること、視聴率かつ募金額が集まる番組にすることは当然のことかと思います。


問題となるのは、募金額の一部が番組制作費に充てられている場合のみ。ここは・・・さすがにないと信じたいですね。


障がい者を見世物にするのは「悪」なのか?


まず初めに、少し論点がずれるかもしれないですが、「番組の中で誰かが何かにチャレンジする」という企画自体は結構好きですし、何も問題ないかと思っています。一般の方は何か成し遂げたいとしても、中々機会がなく困っている。そこをテレビ番組が仲介し、挑戦する場を設けてあげることで、一般の方も挑戦で一生忘れられない体験ができる。その方が満足できているのであれば、どんどんやるべきです。

問題は「見せ方」だけです。

こういう企画の際、必ずと言っていいのが、視聴者の同情を請う見せ方。身体的ハンデを持っていて可哀そうだとか、辛い過去があって大変だったとか・・・そういった悲しみや辛い過去を乗り越え、頑張って何かを達成する、というストーリーがほとんどを占めている。

正直、そういったお涙頂戴物ばかりだからこそ視聴者にそっぽ向かれるのだろうし、自分としては何より、障がい者に同情を求める構成が気持ち悪くて、全くもって「24時間テレビ」を見ようという気になれない

まず、障がい者 = ハンデを持って可哀そう」という概念こそ無くすべきであると思います。私にも一人右腕がない友達がいたが、別に可哀そうだなんて1回も思ったことないです。彼らだって別に自分たちと変わらず普通に生きているのだから。もちろん、何かに挑戦し頑張っている姿は応援したくなると思うが、そこに至るまでに一旦"同情"を挟むのは間違っている、と私は考えています。

もっと言うと、別に何かに挑戦し頑張っている人を応援するのであれば、必ずしも障がい者である必要はない。最近は被害者の子供達も多く取り上げられるようになってきているが、例えば資金不足で活躍の場を広げられない自然保護団体とか、他にも機会が与えられず困っている人は多いはず。もっと別の形でも良いのではないだろうか??

個人的には、たまにやるアスリートのギネス挑戦とかは結構好きです。こういう大規模な場でしかできないことを、もっと沢山やって欲しい。


最後に


長くなりましたが、最後にまとめますと、

チャリティー番組としての「24時間テレビ」の在り方を否定するわけではないです。様々な企画で救われた人だってきっと多いはず。


ただし、テレビ番組としての見せ方・構成は、今一度見直すべきであると思いました。